松江地方裁判所浜田支部 昭和48年(ワ)45号 判決 1974年3月20日
原告 有限会社 山重組
右代表者代表取締役 山本重芳
右訴訟代理人弁護士 矢田正一
被告 佐々木忠司
右訴訟代理人弁護士 森脇薫
理由
第一、申立
一、原告
当庁昭和四八年(手ワ)第二号手形判決を認可する。
異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二、被告
主文同旨の判決。
第二、主張
一、原告の請求原因
(一) 原告は左記の約束手形の所持人である。
記
額面金額 金二五〇万円
支払期日 昭和四八年八月三一日
支払地・振出地 江津市
支払場所 株式会社 山陰合同銀行江津支店
振出日 昭和四八年六月三〇日
受取人 有限会社 山重組
振出人 佐々木忠司
(二) 被告は右手形を振出した。
(三) 原告は右手形を支払期日に支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。
(四) よって原告は被告に対し、右手形金二五〇万円及びこれに対する支払期日である昭和四八年八月三一日より支払ずみまで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める。
二、被告の答弁及び抗弁
(一) 答弁
原告の請求原因(一)、(二)の事実は認める。
(二) 抗弁
被告が本件手形を振出した事情及び原告がこれを取得した事情は次のとおりである。
昭和四八年七月一日訴外江津建設有限会社(以下単に江津建設という)は、同会社事務所において、代表取締役金丸巌、取締役佐々木忠司(被告)、同川崎正文、準取締役山本重芳(原告代表取締役)、同東幸治、監査役中山義一、同三浦平次郎の七名出席して取締役会を開催し、当面の運転資金を工面する緊急策を協議し、金融機関から金一五〇〇万円の融資をうけるまでのつなぎ資金として、右金丸を除く出席者六名が各自額面金二五〇万円、支払期日昭和四八年八月三一日、振出日同年六月三〇日とする約束手形を振出して江津建設に貸与し、江津建設は監査役中山の斡旋により各手形につき割引をえて融資金を得、当面の危機を乗り切ることとし、江津建設は金融機関より融資あり次第手形金を返済し振出人に迷惑をかけない旨の特約がなされた。
しかして右約定に基き六通の約手が振出され、監査役中山に一括交付されたがうち二通が割引かれたのみで四通は割引することができなかったところ、同年七月三日原告代表取締役山本重芳が右四通の約手の現金化を引受けたので右四通の約手は前記中山より右山本に交付された。
右山本は右四通の手形のうちの一である本件手形を手許に留保し(他の三枚は前記東幸治に交付)、白地であった受取人欄に原告会社を記入補充し割引をうけたのにその融資金を江津建設にはいれず前記特約にも違反したものである。
1、右によれば、本件手形は昭和四八年七月一日当時の江津建設の金融危機を乗り切るためのつなぎ資金獲得の目的をもって振出された融通手形であり(従って右資金が得られないときは直ちに融通者に返還すべきものである。)、しかも手形振出人には迷惑をかけない旨の特約がなされていたものである。しかして原告は右特別事情を知りながら本件手形を取得したものであるから、被告には本件手形の支払義務はない。
2 前記の事情の下に本件手形は振出され、原告がこれを取得したものであるから、原告の本訴請求は権利の濫用である。
三、被告の抗弁に対する原告の答弁
被告の抗弁事実は否認する。かりに本件手形が融通手形であり、原告において融通手形であることを知っていたとしても、融通手形の抗弁は被融通者である江津建設に対して主張しうるに止り、第三者である原告に対抗することはできない。又本件手形を含む六通の手形は江津建設の昭和四八年六月末及び同年七月二〇日現在の債務(有限会社山重組に対する金二五〇万円の借入金債務を含む)約一五〇〇万円の支払に充当するため振出されたものである。
第三、証拠≪省略≫
理由
一、原告の請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、同(三)の事実は被告において明らかに争わないから自白したものとみなす。
二、そこで被告の抗弁について検討する。
≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められ、他に左記認定を左右するに足りる証拠はない。
1 昭和四八年七月一日(日曜日)、江津建設は、資金計画が行詰り、倒産の危機状態になったため、これを乗り切るための緊急策を協議する目的の下に、同会社事務所において取締役会が開かれ、代表取締役金丸巌、取締役高井弘雄、同川崎正文、監査役中山義一、同三浦平次郎、山本重芳(原告代表取締役)、東幸治の七名が出席したこと
2 その席で、右危機を乗り切るための緊急策として同社取締役川崎正文、同佐々木忠司(被告)、監査役中山義一、同三浦平次郎、山本重芳、(原告代表取締役)、東幸治(浜田ボードセンター代表取締役)の六名が各自額面金二五〇万円、支払期日昭和四八年八月三一日、振出日同年六月三〇日とする約束手形を振出して江津建設に貸与し、江津建設は監査役中山義一の斡旋により各手形につき割引をえて資金を得、当面の危機を乗り切ることとし、江津建設は信用保証協会の保証を得て金融機関より融資を得られ次第手形金を返済し振出人に迷惑をかけない旨の約束がなされたこと
3 同年七月二日朝、右約定によって振出された六通の約手は右中山に交付され、各金融機関に割引を依頼したところ、江津信用金庫にて二枚が割引かれた(同金庫に江津建設の五〇〇万円の枠がのこっていたため。)のみであとは割引を拒絶されたため同会社事務所に帰り、同年六月三〇日が支払期限である手形金の支払につき協議した際、原告代表取締役が自分の力で割引く旨申し述べて残りの四通の約手を右中山から交付をうけたこと
4 右同日、江津建設は浜田ボードセンター(代表取締役東幸治)から金六二五万円、前記中山から金一五万借入して辛じて不渡処分は免れたこと
5 原告代表取締役山本重芳は預った四通の約手のうち受取人欄が白地であった被告振出しの本件手形を手許に留保し、同月三日頃他の三通の手形を浜田ボードセンター代表取締役東幸治に交付したこと
6 原告代表者山本重芳は同月五日頃江津建設代表取締役金丸巌に電話し、「本件手形を預っており、割引いたら江津建設の原告に対する債務の返済(弁済期同年七月一五日)にあてる」旨申し述べ、当時江津建設の代表取締役を辞任することになっていた前記金丸巌はこれを拒絶しえず、やむなく諒承したこと(当時山本重芳が江津建設の専務取締役に就任の予定であった)
7 原告代表取締役山本重芳は同月一四日本件手形を山陰合同銀行において割引いて原告のため使用したこと
(原告は本件手形を含む六通の手形は江津建設の原告に対する債務二五〇万円の借入金債務を含む昭和四八年七月二〇日現在の債務の支払に充当するため振出された旨主張し、右主張に沿う≪証拠省略≫があるが、前掲各証拠に対比し軽々に措信し難く他に右事実を認めるに足りる証拠はない。)
以上の認定事実によれば、本件手形は昭和四八年七月一日当時資金計画が行詰り、倒産の危機状態にあった江津建設を救うため、その緊急策として振出された融通手形であるから、これを割引いて江津建設の資金として使用するのが融通の目的であるところ、本件手形は監査役中山義一の努力にも拘らず割引いて貰うことができず結局江津建設の資金獲得の目的を遂げず前記融通目的を達しなかったものであるから江津建設としては直ちに融通者に返還すべきものであった。
しかるに原告代表取締役山本重芳は右事情を熟知しながら、ほしいままに、割引き目的で預った本件手形を江津建設の原告に対する債務の決済のため取得したものといわざるを得ないから、融通者たる被告は被融通者たる江津建設に対する人的抗弁をもって、悪意の転得者たる原告に対抗しうるものというべく、従って被告は原告に対し本件手形の支払義務はないというべきである。
原告は融通手形の抗弁は被融通者である江津建設に対して主張しうるに止り第三者である原告に対抗することはできないというが、本件は第三者が単に融通手形であることを知って手形を割引いた場合とは異り、前記のとおり特段の事情の存する場合であるから、原告の右主張は失当である。
かりに然らずとしても前記認定のとおり、原告代表取締役山本重芳は本件手形を振出した事情、特約等を熟知し、かつ本件手形を割引いて江津建設のため資金を獲得することを提議してこれを預りながら、ほしいままに江津建設の原告に対する債務の決済のため取得し、これを割引いて原告のため使用し、不渡となるや、本訴提起に及んだものであって、原告の被告に対する本件手形金の請求は信義誠実の原則に反し、権利の濫用にあたり許されないものといわざるを得ない。
よって被告の抗弁はいずれにせよ理由あるに帰する。
三、そうすると原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、を適用し、同法四五七条二項により原被告間の当庁昭和四八年(手ワ)第二号約束手形金請求事件の手形判決を取消し、主文のとおり判決する。
(裁判官 下江一成)